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東京金融市場が香港、シンガポールに追いつくためには何が必要か

金融は産業を支援する重要な役割を担うばかりでなく、歴史を紐解けば、覇権国家であったオランダ・英国・米国でも、産業が成熟した後は金融自身が成長産業となって国家を支えてきた。もちろん、金融資本だけが肥大化することの弊害はリーマンショックで学んだばかりだが、金融と産業は国家の経済運営上、車の両輪であることは間違いない。

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 ところが、金融における東京の地位は年々低下している。成長戦略にとって決定的に重要な金融市場の国際化が後回しにされている背景には、日本独特の閉鎖的な文化がある。

● 年々低下する東京市場の地位 「香港、シンガポールには追いつけまい」

 2007年に創立された英国の独立系シンクタンク「Z/Yen Group」が本年3月に公表した「国際金融センター指数」において、東京は、前年より1つ順位を上げて5位になったものの、ポイント数で見ると、1位のニューヨーク、2位のロンドンとは大差がつき、3位香港、4位シンガポールとの差も大きいままだ(表1)。しかも、競争力の要素別評価で見ても、「ビジネス環境」「金融セクター進化度」「インフラ」「人的資源」「レピュテーション等」、ほぼ全ての項目で、香港とシンガポールに大きく後れを取っており、「ゆっくりとレピュテーション(評価)を取り戻しつつあるが、香港とシンガポールには当分追いつけまい」とまで酷評されているのだ。

 日本には世界的に見ても有力な投資先企業や投資家が存在する。金融とは、投資先と投資家を結ぶビジネスであるから、東京が国際金融センターとして機能できる基本的な要素は十分に揃っているにもかかわらず、どうしてこのようなことになるのだろうか。

● 政策当局は「国内金融機関の強化」 という発想から抜け出せていない

 去る6月30日、金融庁と財務省が事務局を務める「金融・資本市場活性化有識者会合」が意見書を公表した(以下「意見書」)。もちろん、これは東京を国際金融センターにするための方策だけを話し合う会合ではないが、議論の流れを見れば政策当局が何を考えているかは推測できる。

 意見書では、既に手がついた施策として、本連載で何度も取り上げたコーポレートガバナンス・コードや、スチュワードシップ・コードをはじめとする企業統治の改善等による日本企業の魅力増大、クラウドファンディングなどの新たな金融仲介機能の導入やプロ向けファンドにおける投資家保護、地域金融機関や政策投資銀行等による融資の強化、そしてNISAやGPIF改革によって個人や年金の資金を成長マネーに振り向けつつあることなどが論じられている。そして、今後必要な取り組みとして、さらなる企業統治の改善、資産運用業務の強化、金融教育、連載第58回で論じた金融業の業務分野拡大、加えて前回の連載で論じた地方創生などが並んでいる。

 もちろん、ここに列挙されている事項はいずれも重要だ。しかし、これらはいずれも、「有力な企業や豊富な金融資産という強みを生かすことが東京市場活性化の鍵」という大前提で提言されているものだ。したがって、日本企業の魅力を増し、日本の金融機関を強化するという発想から大きく抜け出せていない。

 これに対し、日本証券業協会が昨年から開始した、「東京国際金融センターの推進に関する懇談会」では、まだ最終報告は出ていないものの、もう少し突っ込んで香港やシンガポールとの対抗軸など、東京市場をアジアでナンバー1の市場にするための方策を論じているようだ。そこで、この懇談会での議論を参考にしつつ、今必要な施策を考えてみたい。

● 税制メリットの提供は必要条件 英語対応、生活インフラ整備も不可欠

 第1に、「東京をアジアナンバー1の国際金融市場にする」を国策として推進することについて、早急に国民的コンセンサスを得ることだ。以下に論じるすべての施策に関し、このコンセンサスがなくては推進が難しい。

 第2に、香港やシンガポールと、税制面において可能な限りイコール・フッティングを実現することだ。

 香港やシンガポールは、法人税・所得税が17~20%と、日本に比べて非常に低い。さらに、キャピタルゲイン(株式等の譲渡益)、インカムゲイン(金利収益)に対する課税はない。個人に対する相続税・贈与税もない。もちろん、日本でこれらと全く同じ税制が導入できるはずはない。しかし、もし東京をアジアナンバー1の国際金融市場にするのが国策だとするならば、できる部分だけでも香港・シンガポールと遜色ない税制上のメリットを提供することは、世界から一流の金融機関・資産運用会社や富裕層個人を引きつけるための必要条件だ。

たとえば、独立系の資産運用会社に限って法人税を大幅に引き下げること、キャピタルゲインとインカムゲインに対する課税を引き下げること、金融資産に関しては贈与税率を引き下げること、一定のレベルを満たした海外の高度金融人材に対しては所得税を優遇することなどがこれに該当する。それでも香港やシンガポールのレベルには追いつかないが、後は以下に述べるような他の条件で両都市を凌駕することによって取り返すしかないだろう。

 第3に、言語の壁を取り払うことだ。香港・シンガポールは、以前英国が統治していたことが優位に働き、英語が共通言語として確立している上、近年は中国語が普通に話されているという地の利も生かし、中国情報が集まる拠点としても認知されている。東京がただちにこれと同じ条件を満たすことは難しかろうが、少なくとも企業や運用会社が発行する目論見書・運用報告書や当局への報告書などは英語だけによることも許容すべきだろう。グローバルな金融機関や運用会社の社内言語は英語である。東京市場でだけ日本語対応を求められたら、大変なコスト高になる。

 第4に、世界中の金融人材が安心して生活ができる場を提供することだ。日本は世界で最も安全な街の一つであるので、その優位性を生かしつつ、外国人向け医療機関や、子女の教育機関の充実など、国際金融都市に相応しい生活インフラを整える。これも日本全土で実施する必要はなく、東京の特定地域を特区として税制優遇などによって誘致すればよい。

● 投資家保護を明確にせよ 当局・企業の銀行偏重を改めよ

 第5に、当局の規制が、何よりも投資家保護を目指すものであることを明確にすべきだ。連載第21回で詳述したように、日本は投資家の利益を損なう利益相反取引が野放しにされていると言っても過言ではない。行政・司法の意識も低いままだ。

 資産運用会社が、投信を販売する銀行や証券会社の系列になっていて、人材も親会社から派遣されているために、販売手数料偏重の投資信託が粗製乱造されていることはさすがに最近問題になっている。銀行が実質的に支配するファンドが融資先の株を買ったりすることも然り、年金運用において、信託銀行や生保など事務受託を行なう金融機関が「総幹事」となり、事務代行の見返りに大きな運用シェアを取っているのも然りだ。

 当局が日本の金融機関に便宜を図るばかりで、肝心の投資家が保護されていないと見られるようでは、世界の機関投資家から見放され、東京は国際金融市場たりえない。

 第6に、当局や企業が日本の銀行偏重を改めることだ。「意見書」にも簡単に触れられているが、企業に成長資金を提供するベンチャーキャピタルやPEファンドの育成を本気で考えないと、東京市場には全く深みが出ない。たとえば、年金資金はPEファンドやVCへの分散投資を通して日本企業の新陳代謝を促し、日本経済の長期的な成長に寄与できるのだから、政策的にもそれを推進すべきだ。また、銀行借り入れという間接金融主体、かつ、銀行が国債を大量に買う東京市場は、債券が国債に偏り、社債市場に厚みがないままで、国際金融市場として物足りない。

● 東京ならではの魅力を発信せよ オリンピックを機に政策総動員を

 しかし、以上に述べた諸施策は、いわば東京を国際金融市場にするための「必要条件」に過ぎない。十分条件を満たすには、以下のようなこともしっかりアピールしていくことが大切だ。

 東京には、香港やシンガポールにはない魅力があるはずだ。その最大のものは、自由と民主主義という、英米と共通の価値観を保有していることだろう。そして、日本は軍事的には米国の同盟国でもある。これが、いずれも中国の影響から逃れられない香港やシンガポールと比べた場合の東京の最大の魅力だ。東京がアジア随一の国際金融市場であることは、先行する英米にとっても良いことなのだ。

 また、「意見書」が指摘するように、日本には豊富な資金と、有力な企業群が存在する。マザーマーケットの強さは世界の投資家から見れば大変な魅力のはずだ。そして、企業統治改革はまだ緒についたばかりであり、また、間接金融に偏っていた企業の調達構造が変われば、東京市場はさらに魅力的なものになるはずだ。

 その強みの上に、人民元や、イスラム金融への取り組みなどについても、アジア市場の最先端を狙うべきだろう。

 2020年の東京オリンピックに向け、洗練された日本文化や治安の良さがハイライトされてくるであろう。これを機に、政策を総動員して、東京をアジア第一の国際金融市場にするという大きな目標の実現を図るべきである。