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リニア、「時速600キロで営業運転」の可能性

 前日から降り続いた激しい雨は、朝になってようやく上がった。雲が低く垂れ込めた山あいに、楕円形のアーチ橋が架けられている。JR東海が開発を進めている超電導リニアの実験線だ。

 4月21日、リニアが世界最速となる時速600キロメートル運転に挑戦した。10時27分。7両編成の車両に技術者たちが乗り込むと、大阪方面へゆっくりと動き出した。大阪側の終着点から東京方面へ折り返すと、いよいよ世界記録への挑戦だ。

 モニター上の速度表示はどんどん上がっていき、10時48分、リニアは最高時速603キロメートルに到達した。時速600キロメートル台で走っていた時間は10.8秒。距離にして1.8キロメートルだった。

■ なぜ営業時より速いスピードを出すのか

 リニア中央新幹線は時速500キロメートルで営業運転を行うため、設計上の最高時速は550キロメートルとされている。だが、現実には2003年に試験車両が最高時速581キロメートルを記録し、ギネスブックにも認定された。

 2013年からは、これまでの試験車両に代わって営業仕様の新型車両L0系が投入され、4月16日には最高時速590キロメートルを記録。世界最速を更新している。

 なぜ営業速度から時速100キロメートルも速いスピードを出す実験を行うのか。「高速域のデータを収集して設計余裕度を確認するため」と、JR東海でリニア開発を指揮する、山梨実験センターの遠藤泰和所長が解説してくれた。スピードの余裕度を知ることで、コストダウンや仕様向上の可能性を探るのだ。

 シミュレーション上では時速600キロメートルが出ることはわかっている。実際に走行することで、シミュレーションとの違いを知り、今後の確度向上につなげるという狙いもある。

 「時速500キロ運転を間違いなく行うためのデータは、550キロ運転時よりも600キロのほうが確度は高まる」(遠藤所長)

 試験終了後、リニアに乗車していた遠藤所長が車内の状況を説明してくれた。意外にも、世界最速を達成した瞬間の車内の雰囲気は淡々としていたという。「技術者たちは時速600キロの“体感”を真剣に感じ取っていた」(同)。技術者にとっては、自らの体感も重要なデータだからである。

 時速600キロメートルの乗り心地とは、どのようなものだったのか。「スピードが出れば出るほど安定性が増すのがリニアの長所。時速500キロを超えたほうがむしろ安定する。非常によい乗り心地だった」と遠藤所長は言う。

■ 首相訪米にタイミングを合わせた? 

 リニアの世界記録達成のニュースは世界中を駆け巡った。「フットボールのフィールド20個分を走り抜けるのに、文章2行分を読む時間しかかからない」――。米CNNは時速603キロメートル達成のニュースをこう報じた。

 JR東海は、リニアを世界に売り込むべく奔走している。とりわけ、同社が最有力候補と考えているのが米国だ。米ABCニュースは、ニューヨーク―ワシントンDC間をリニアで結ぶ計画があると伝えている。

 安倍晋三首相は4月28日から5月3日まで米国を訪問し、日米首脳会談に臨む。首相と近い関係にあるJR東海の葛西敬之・代表取締役名誉会長も、すでに米国入りしている。

 2人がタッグを組み、米国にリニアを売り込む可能性は高い。そう考えると、「あくまで以前からのスケジュールに合わせて行った」(JR東海)という今回の世界記録更新は、タイミング的にもぴったりで、トップ外交によるリニア売り込みの大きな後押し材料となる。

 時速600キロメートルを達成した今、次の関心事はさらなるスピードの追求はあるのか、そして、営業運転を時速600キロメートルで行う可能性はあるのか、という点に移る。

 前者については、速度向上試験はいったん終了し、今後は営業運転に向けた課題の洗い出しなどの試験が重ねるという。後者についても、時速500キロメートルでの営業運転に変更はない。

 だが、新幹線の歴史を見ていけば、東海道新幹線は1964年の開業時には時速210キロメートルにすぎなかったが、少しずつスピードアップしていき、現在は時速285キロメートルで運転している。東北新幹線は時速320キロメートルで運転している。

 これに倣えば、2027年の開業時にリニアの速度が時速500キロメートルだとしても、少しずつ改善を重ねて、いずれは時速600キロメートルで営業走行する可能性は十分にある。その場合、所要時間40分と想定されている品川―名古屋間は7分短縮し、33分で結ばれることになる。

■ 速度記録の影でもう1つの偉業

 速度の世界記録更新の影に隠れる形となったが、4月14日にはリニア試験車両の1日当たりの走行距離が4064キロメートルを達成した。1車両の1日当たり走行距離が短いと、車両をたくさん用意する必要があり、コスト増につながってしまう。

 新幹線の1日当たりの走行距離は2000キロメートル程度。つまり、新幹線の2倍の走行距離を達成したことになる。JR東海の社員の中には「スピードの世界記録達成と同じくらい、走行距離を達成したことも重要だ」と言う人もいる。

 3月13日には、全長25キロメートルの南アルプストンネルの建設工事契約手続きが公表された。見積書の提出期限は8月12日で、今秋にも正式発注されるとみられる。工期は2025年10月末まで。完成すればリニア開業が目前に迫る。

 2027年の開業に向けて、リニア事業は少しずつ動き始めている。とはいえ、トンネル工事に伴う大量の残土処分、水資源への影響など環境への対策はこれからだ。残された時間は決して長くない。